東京大学史料編纂所

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彰考館史料調査

 昭和四十八年十月四日から六日まで、文部省維新史料編纂会の後身である文部省史料編修課で借用していた史料三九冊の返却を機会に、水戸彰考館の幕末維新期史料調査をおこなった。
 彰考館に現存している史料・図書は、次のように分類できる。
A 目録カードによって検索・閲覧が可能なもの
 〔1〕「彰考館図書目録」(大正七年刊)に所収されているもののうち、徳川家本邸に移されていて、戦災による焼失を免かれたもの。漢籍は、ほとんど焼失したので、現存しているのは、右目録所収の和書の大部分である。
 〔2〕〔1〕以外の彰考館所蔵史料の台帳である「重要書類目録」(三冊、未刊)所
   収の史料。九三函ある。ほとんどが幕末期のもので、「水戸藩史料」編纂の素材となったものと推定される。この中には、「聿脩史料目録」所収史料のうち、焼失を免かれた若干の史料も含まれている。
B 現在、徳川家の管理下にある幕末維新期の書状類。目録カードは作成されていない。
 〔1〕「烈公御筆類目録」(二冊)所収史料。
 〔2〕「文公御筆類目録」(一冊)所収史料。
  〔1〕・〔2〕はいづれも右目録に付された史料番号によって検索できる。
 〔3〕未整理書状類

 今回の調査では、「重要書類目録」所収史料および「烈公御筆類目録」所収史料の主要なものを閲覧し、各々の史料群の性格を把握することに重点をおいた。
一、「重要書類目録」所収史料
 閲覧した史料のうち主なものは左の通りである。番号は目録カードの番号。
○烈公御書按  一一七三一〜一一七三五 徳川斉昭と諸大名との間の往復書状の留書。
 筆者は不明。大日本史進呈の記事が見える。
○御筆記   一四九五九〜一四九六〇
  天保十年代の領内への達など。斉昭の朱註がある。
○御筆記  一五〇五五〜一五〇五八
  用人心得の箇条、天保三年の斉昭の処世訓など。
○御直書御案文控 一一七三六〜一一七四二
  弘化〜嘉永年間の公卿や諸大名に宛てた斉昭書状の控。
○(御用留) 一五一一四〜一五一一八
  天保一二〜一五、弘化二〜嘉永三、嘉永四〜安政元、安政二〜四、安政五〜万延元の各時期のもの計五冊。斉昭、慶篤の動静や公儀の達書などが留めてあるが、記述は簡略である。
○(斉昭上書草稿) 一五〇五五〜一五〇五八
  用人心得の箇条、水野出羽守非難の意見書など。
○(風説書・達書) 一四〇五五〜一四〇七〇
 (1)伊祇利須風説
     天保三、十一、十二の各年に鵜殿平七が小姓頭取へ提出したもの。
 (2)異国船達
     異国船打払令に関する感想が註記されている。
 (3)寛政三亥 松平伊豆守〓達書
 (4)天保十三壬寅 唐土兵乱風説書 一
 (5)全 上            二
 (6)全 上            三
 (7)天保寅 異船備の届
 (8)相模国御備場御用ニ付、御老中様〓御達并御届伺書類御差図之趣共書抜 松平大和守家来伊藤源五兵衛記
 (9)海岸防禦之儀ニ付都而右江拘候廉々書面并絵図面共此度御沙汰ニ付、去々寅年〓当五月迄差出候書面類書上帳 南部信濃守内沢田〓太
 (10)天保十四卯八月 風聞
      斉昭の朱註がある。
 (11)松前江漂民送来候御届書面
 (12)天保辰五月廿四日達 黒田へ備御免之事
 (13)天保十五年七月 阿蘭陀本国使節船入津見聞記
 (14)天保十五年七月 御用番牧野備前守殿江差出候届書
      諸大名からの届書。
 (15)天保十五年九月 達書
 (16)弘化二年 異船之事
○文久三年 御在京御用留 一二四二〇
○探索書         一三七〇七
  第二次征長の時の長幕応待書。
○弘化元年四月 奥右筆往復書 一四三〇七
  斉昭と阿部正弘との往復書状留。
○(弘化三〜四年風説書など) 一四〇七一
○勅諚之儀ニ付京都事情往復  一四九八四
  鵜飼と茅根との往復書簡留。
○「慎機論」  一一六九九
  この書の最初に左のような斉昭の朱註がある。
 「予先年より蛮文字学ハ果して邪教の媒妁といいたる。華山ハ蛮文字にも通し兵備之事にも通したるよし聞及び、高野長英抔と一ツ志ニハ有之間敷と、先年罪有り候ニ付ハ可惜人と思いたるが、今此書を開き見る時ハ打払をいなみたる者にて、華山さへ如此ニ候ハ外横文字学の者ハ其はづの事也。されハ呉々も横文字学ハ本朝の害也。尤小事ニハ有用の事も有れ共、大道にそむく故、横文字学ハ一切禁るをよしとすべし。」
○水戸御勘定所御用留 文化十年 二一四六五
  文化九年の藩財政の収支の概要を記し、末尾には財政に関する触が留められている。
○御勘定所御勝手方御用留 弘化元年  二一六〇七
  水戸藩勘定奉行と家老・蔵奉行・勘定吟味役・金奉行との往復書状、藩内への達、金子請取状、江戸御払米覚、幕府勘定所からの達書などが詳細に留められていて、藩財政の当面している問題が具体的にわかる史料である。この史料から、弘化元年、国許の勘定奉行が二ヵ年間半知借上げの提案をおこなったことがわかる。
二、「烈公御筆類目録」所収史料
 この史料群は、斉昭が発した書状の案および控、斉昭が受信した書状の両者から成り、すべて原文書である。調査に際しては、まず「目録」に目を通して本史料群の概要をノートし、主なものは閲覧した。書状は一応、人別には分類されているが、斉昭の自筆書状を納めた箱以外は、一つの箱の中に数人から十数人の書状が混在している。このため、箱ごとの史料内容の記載は、比較的点数の多い書状の発信者名を記すにとどめ、詳細は省略した。なお、箱番号・史料番号の連続していない部分があるが、これは史料の現存状況のままである。また、個々の史料番号は、「一の二」「一六四三の七」というように更に細分されているので、全体の点数は史料番号の数を大巾に上まわっている。
 つぎに、史料群の概要を示そう。
(箱番号)        (史料番号)
 一号                一〜六二
 二号               六三〜六五
 三号              六六〜一八〇
 四号             一八一〜二七八
 五号             二七九〜三五九
 六号             三六〇〜五四八
 七号             五四九〜六九二
 八号             六九三〜七九五
 九号             七九六〜九〇七
 一〇号           九〇八〜一〇六六
 一一号          一〇六七〜一一八四
 一二号          一一八五〜一三八六
 一三号          一三八七〜一六一五
  以上は、すべて徳川斉昭自筆の書状案および書状控である。戸田銀次郎、結城寅寿、家老、目付、郡奉行、蔵奉行、金奉行などに宛てたものが多いが、宛先を明記しないものも多数ある。内容は、主として天保期の藩政に関するものである。なお、第一二号箱には、安政五年八月に水戸藩へ下された勅諚の返納問題について、斉昭が自らの意見を記した書状が含まれている。
 一四号          一六一六〜一六六二
  伊達宗紀、同宗城より斉昭宛書状。
 一五号          一六六三〜一七一六
  伊達宗紀、同宗城、松平肥後守より斉昭宛書状。
 一六号          一七一七〜一九〇六
  徳川斉順、真田信濃守より斉昭宛書状。
 一七号          一九〇七〜二〇七六
  二条斉敬、同斉信、松平肥後守より斉昭宛書状。
 一八号          二〇七七〜二一七三
  徳川慶恕、大久保加賀守より斉昭宛書状。
 一九号          二一七四〜二一九一
 二〇号          二一九二〜二二〇一
 二一号          二二〇二〜二二一八
 二二号          二二一九〜二二二八
 二三号          二二二九〜二二三〇
 二四号          二二三一〜二二三二
 二五号          二二三三
 二六号          二二三四〜二二四五
  一九号から二六号までは、すべて斉昭自筆の書状案および書状控である。
 二七号          二二四六〜二三〇七
  徳川慶喜より斉昭宛書状。
 二八号          二三〇八〜二四三九
  松平右京大夫より斉昭宛書状。
 二九号          二四四〇〜二四七一
  水野出羽守より斉昭宛書状。
 三〇号          二四七二〜二五一四
  松平加賀守、松平陸奥守より斉昭宛書状。
 三一号          二五一五〜二五六五
  松平民部大輔、松平頼恕、松平九郎麿、久世大和守、内藤紀伊守、堀田備中守より斉昭宛書状。
 三二号          二五六六〜二五七七
  松平相模守より斉昭宛書状。
 三三号          二五七八〜二六一八
  松平頼恕、松平主税頭、酒井左衛門尉、松平民部大輔、歌橋、芳井より斉昭宛書状。
 三六号          二六三四〜二六五七
  橋本実麗、松平右近将監、新見正路より斉昭宛書状。
 四一号          二六八三〜二七六〇
  土屋采女正より斉昭宛書状。
 四四号         二七八六〜二八〇八
  徳川慶喜より斉昭宛書状。
 四五号          二八〇九〜二八二三
  阿部伊勢守より斉昭宛書状。
 五八号          二九三四〜二九四七
  松平相模守、智恩院より斉昭宛書状。

(総括)
 徳川家が管理している幕末期書状類は、一万点をはるかに越えるものと予想されるが、その史料としての重要性は、閲覧し得た「烈公御筆類目録」所収史料の内容からも明らかである。この書状類が整理され閲覧に供されるならば、幕末維新期の政治史研究は大きく前進することは疑いないであろう。
 また、彰考館所蔵の「重要書類目録」所収史料も貴重な史料であることはいうまでもないが、特に風説書や達書の写には朱筆による斉昭の註記が数多く見られ、斉昭の真意を知る上で重要である。(小野正雄・河内八郎・宮地正人)


『東京大学史料編纂所報』第9号p.115